飛騨人のくらしと祈り展

明日、8月8日から飛騨高山まちの博物館で「飛騨人のくらしと祈り展」が開催されます

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今年発刊された「高山市史 高山祭・民俗文化編」をもとにした展示です

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鳳凰臺は文化年間「鹿島踊」と呼ばれていました。平成30年3月、屋台蔵より見つかった「龍の胴幕」は「高山山王祭礼行列絵巻の鹿島踊」の絵柄と同じもので、(上のパンフレットの右から2台目)約200年前に使われたものと思われます。紺色の布地は、「羅世板(らせいた)」と呼ばれる毛織物で、撚り金糸と強く撚った絹糸を駒繍(こまぬい)した龍は、絵図と同じように配置されており、屋台の裏側に当たる部分は「登り龍」と「下り龍」となるように縫い合わせてあります。当時の屋台は現在よりも多少小型だったと想像されます。

この龍の胴幕が間近でご覧いただけます

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是非、飛騨高山まちの博物館へお出かけください

飛騨高山まちの博物館は入館無料・午前9時から午後7時まで開館しています

 

粛会

「粛会」と書いて「しゅくえ」と読みます

令和元年12月に山王小学校6年生の総合学習において「高山の伝統文化と高山祭」の話しをさせていただきました。鳳凰臺組の昭和の記録帳の「昭和18年・19年・20年」には何も書かれていません。子ども達に記録帳を見せて「なぜなにも書いてないの?」と質問すると、子ども達は「戦争でお祭りができなかった」と答えてくれました。            平和の大切さを学んでもらいました。
令和2年の春「新型コロナウイルス拡大」と言う初めての出来事に遭遇しています。

鳳凰臺組の歴史を紐解くと、天保3年11月2日夜発生した「福嶋屋の大火」にて古屋台と製作中の鳳凰臺を焼失しました。
翌年の春の山王祭には臺銘旗「粛会」(しゅくえ)を作り出仕しました。
「粛会」とは「厳かに神々と出会う・うやうやしく神々と集う」と言う意味です。
当時、家も焼け、困難な生活の中で鳳凰臺組の方々は知恵と力を出して乗り切ってきました。
祭りは地域住民の絆を強くする大切な役目を担っていると思います。

 

令和2年の山王祭りは例年のような楽しい祭りは出来ませんでしたが、屋台蔵の扉の前に「粛会」の臺銘旗を掲げ、新型コロナウイルスの終息と皆様のご健康、世の中の安泰を祈りました
この祈る気持ちが祭りの原点かもしれません

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山王祭りを終えました

昨日4月14日 早朝雨(郊外の山は雪)、9時頃には晴れました

写真は前日の準備 間隔を開けて床几を並べました

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受付で祭礼書に捺印

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本来ですと各屋台組の捺印が並ぶのですが、今年は宮本(祭りの取り仕切り役)の龍神台・五台山・鳳凰台(別に神輿組の3組もあり)のみ

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午前10時に拝殿で神事を行い、早く普段の生活に戻れるようにとの祝詞を奏上していただきました

毎年の春祭りには大賑わいの街も

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ほとんど歩いている人もありません

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中橋からの宮川 桜に柳の新芽

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ソメイヨシノもそろそろ満開に近づいてきました

16日には提灯、屋台を片付けます

 

 

趣向を変えて続けましょう!

昨日朝メールを確認すると

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軽便鉄道模型祭事務局よりのお知らせでした

5ヶ月後と言っても現在の状況から判断すると良い決断と思います

軽便鉄道模型祭を立ち上げた事務局の皆様を応援して「安全・安心・一層楽しい軽便鉄道模型祭」を続けましょう!

祭りの時の定宿「東横イン新大橋」も軽症の方の受け入れ施設となりました

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このホテルは浜町公園に面しており静かな環境、皆様方が早く快方に向われることを祈ります

そんなわけで、半年前の会員予約をキャンセルしました

追伸

春の高山祭りも一層の縮小となり、屋台蔵の扉は閉めたままといたします

全国の皆様、最善を尽くしましょう

 

ついに決定しました

昨夜、東京オリンピックの延期が発表されました

そして春の高山祭「日枝神社例大祭」の規模縮小も発表しました

「発表しました」の方はここ数日何度も役員会を開き、日枝神社の神事については来賓のご出席をお断りして、氏子総代や組総代など神社関係者のみで行ないます

獅子舞や闘鶏楽などは子どもの参加はありません

そして「屋台の曳き揃え・からくり奉納」も一切行ないません

観光客の来高、集中を極力防ぐこことなりました

昭和19,20年の戦争中以来の縮小です

昨日、A新聞社より電話取材を受け、「安心、安全に祭りを行なうことが大切」と答えました

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屋台蔵前にある説明看板が更新されました

現在編纂中の新高山市史の内容に合わせて記載内容も修正されています

秋の高山祭り

今日、明日は秋の高山祭り 八幡神社の例大祭です

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八幡神社の参道に並んだ屋台

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羨ましいほどの晴天です

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提灯が掲げられた大新町伝建地区

金森氏によって造られた町並み、400年前には正面に高山城の天守が望めました

追伸

KMCの開田高原さん、観光案内所で仕事の真っ最中でした

 

 

 

古文書に格闘中

来年度の新高山市史が「屋台・民俗編」とのことで、高山祭の屋台「鳳凰臺」の歴史の見直しをしています

今までに出版された祭り屋台の記録書を比べると、年代などの記載に違いが見つかります

鉄道の歴史書に見られる「誤り」も同様、一旦出版された書籍にあった「誤り」がその後に

出版された書籍に引き継がれて広まってしまいます

そこで「古文書」から調べ直しをしています

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私は古文書解読の初心者ですので、拾い読みしかできませんが・・・

先輩の解読されたものを参考にして進めています

「卯」は天保2年、「辰」は天保3年となります 「辰正月晦日 新屋台斧始・・・」

何度も何度も眺めて、文字に慣れていくしかなさそうです

そんな分けで、模型作業は休業中です

 

 

 

令和と鳳凰

令和元年5月4日になりました

10連休も後半ですね

飛騨で配られている情報誌「月刊さるぼぼ」

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「令和」を書かれた茂住修身氏は飛騨市古川町の出身で、飛騨では話題になっています

生活情報誌「月刊さるぼぼ」の5月号の表紙に茂住氏の「令和」の墨書と鳳凰臺の鳳凰がデザインされました

鳳凰臺組としてはたいへん名誉なことと喜んでいます

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屋台屋根に飾られた鳳凰は前後で尻尾の角度が異なります

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さるぼぼ誌では左右のバランスをとるために話題の?「反転」をしてあるようです

5月1日午後3時半過ぎ、なんとか雨が上がり屋台を曳き出し、「龍の胴幕」をご披露することができました

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平成から令和へ

令和元年を迎え、おめでとうございます

提灯行列の始まる夜7時

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鳳凰臺をライトアップしました

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そして提灯を掲げた約1500人が賑やかに通過して、平成の夜は更けていきました

令和元年5月1日 朝8時

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残念ながら陣屋前広場は小雨、その後本降りとなりました

それでも天気予報通り午後3時には雨が上がり

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やっと屋台を蔵から曳き出すことができました

太陽の光が当たらないのでせっかくの鳳凰が輝きませんでした

詳細はのちほど

あと6時間

平成もあと6時間となりました

午後7時頃、提灯行列が通るので屋台蔵の扉を開けました

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平成の半分近くはKMCとKBMC,その後新たに駿遠倶楽部の活動を楽しむ事ができました

これも平和な時代のおかげだったと感謝します

今突然雨が降ってきたので、祭り提灯は片付けました

明日は屋台の曳き揃え、天気になることを祈ります