出掛けてきました その3

お土産のコーヒーを買って次の目的地へ向いました

その前に腹ごしらえ

WP_20180308_13_43_48_Pro

三ヶ日牛のビーフカレー ご馳走さまでした

WP_20180308_15_17_43_Pro

浜松市中央図書館へ

調べたものは中村與資平の設計図

浜松駅に戻る途中に

WP_20180308_15_29_24_Pro

中村與資平設計の旧遠州銀行本店

ちょっと寄り道してご挨拶

WP_20180308_15_41_50_Pro

浜松をあとにして名古屋へ戻ります

 

広告

出掛けてきました その1

普段は自家用車ででかけるのですが、高速バスと新幹線を乗り継いで

WP_20180308_11_14_19_Pro

11時過ぎ浜松へ到着しました(高山7時30分発)

3月8・9日浜松・照明学会_001

最初の目的地は「浜松市博物館」

明治150年記念特別展「遠州報告隊」

今からちょうど150年前、江戸城無血開城への道筋がつけられようとしていました

wp_20180308_16_21_05_pro.jpg

写真は浜松市博物館発行の冊子の年表より

 

センター試験 その5

センター試験 高山問題を続けます

SN01410

問3 農林水産物について

高山で有名なもの

「朝市」「野菜」=ほうれん草・トマト 「肉用牛」=飛騨牛 「飛騨鰤」

昔は富山湾で上がった寒鰤を塩漬けして、越中街道を通って飛騨へ、さらに江戸街道の野麦峠を越え松本へと運ばれて「飛騨鰤」と呼ばれたようです

越中街道の終点が上二之町 川上魚問屋がありました

現在は高山市内のスーパーで塩漬けされて「塩鰤」として年末に売られており、年取りに食べます

WP_20171231_17_17_09_Pro

半養殖の塩鰤 一切れ1700円也(天然鰤はもっと高いです)

問題3の解答は「域内」「標高1000mをこえる山脈の峠を越え」⇒「松本」で④となります

今では高山でも富山からの新鮮な魚が入手できますが、富山・金沢・能登へと海鮮を食べに出かけています

 

センター試験 その2

「上二之町南側の丁字路」の考察を続けます

高山市HPの絵図を引用します

SN01403

この絵図は幕府直轄になり、すでに高山城は取り壊されています

カラーの鳥瞰図ですので高山の城下町の形状が良くわかります

宮川と江名子川は外堀の役目をしています

SN01405

高山城下侍屋敷跡地割絵図 この絵図でもすでに侍屋敷は取り壊されていますが、問題となった丁字路の正面には侍屋敷が並んでおり、上二之町の通り(越中街道・ぶり街道)を南進して攻めてくれば、正面の屋敷から攻撃できたかもしれません

ネットで見つけた城下町の説明です

SN01400

高山城下は「総郭型」で

SN01401

「縦町型」と呼ぶそうです(上図は高山城下町)

織田系大名の金森氏が高山城下を作りました

WP_20180115_15_16_51_Pro

こちらは高山市教育委員会の講演会資料での説明です

金森氏の支配、幕府直轄の時代から約400年、何度かの大火もありましたが、高山の町並みは昔の面影を残し、伝統的建造物群保存地区となり、現在に至っています

「丁字路」からの話題でした

岐阜新聞のセンター地理の記事です

センター試験の検証はもう少し続きます

 

 

 

 

 

 

センター試験 その1

昨日(14日)朝一番で朝刊を見て・・・・

私「文字が細か過ぎて読めない!」

家内「昨年も同じことを言った!」

毎年の繰り返し・・・新聞にセンター試験の問題と解答が発表されています

なんと地理Bの問題に「高山市についての設問」がありました

WP_20180114_07_12_56_Pro

①上二之町から南へ向かう通りでは、・・・・丁字路(ていじろ)がつくられている

地図の見方を問う問題と思います

「南へ向かう」=「地図の下方向へ伸びている」

日本古来の「丁字路」=現代風「T字路」

自宅から200mほどの場所ですので、さっそく写真を撮影してきました

WP_20180114_07_43_59_Pro

現在正面は「高山市制記念館」になっています

丁字路を右に曲がり、中橋を越えると陣屋前にでます

左に曲がると

WP_20180114_07_45_01_Pro

正面に城山が望め、交差点を渡り左カーブの道が城坂です

高山城下町絵図」を見てみましょう

SN01397

(4)高山町絵図に赤〇印を付けてみました

この地図では右手が南方向になります

宮川に沿って商人町の4本の道が集まる要の場所です(「辻」と呼んでいます)

はたして「戦時の敵の移動を遅らせるため」でしょうか?

追って検証をしたいと思います

(絵図は高山市HPの画像から必要箇所を添付しました)

 

 

 

細江区文化展へ その1

WP_20171117_12_20_03_Pro11月17日(金)午前7時30分高山発⇒下呂⇒9時33分中津川IC⇒10時23分鞍ケ池PA

⇒12時01分牧之原相良IC⇒12時17分牧之原市相良支所 294.8Km

早速、食堂をさがしてお昼ご飯を

11月17~20日細江区文化展_009

メニューから珍しいものを選び

11月17~20日細江区文化展_007ロースソテー丼!

11月17~20日細江区文化展_008

ボリュームもあり、ご馳走さまでした

11月17~20日細江区文化展_016

相良歴史資料館見学と調べ事

疑問が解決しました お世話になりました

https://shizuoka-kanko.com/makinohara-sagarashiryokan/

その後、14時30分 予定通りに「細江コミュニティーセンター」に到着しました

 

 

 

古文書読解講習会

7月27,28日と岐阜県の出先事務所「飛騨総合庁舎」で行われた「古文書読解講習会」に参加しました

WP_20170728_12_03_25_Pro

初級・中級向けの講習会で「飛騨の歴史」を勉強します

3年目ですので、多少「目が付いていける」ようにもなってきましたが、普段何も勉強していないので・・・

これを読む!と目標を決めなければ上達しません

模型も同様「これを作るぞ」と気合をいれないと、締め切りまでに間に合わなくなりそうです

糸魚川早朝散歩

7月8日の糸魚川の夜は懇親会

WP_20170708_19_45_30_Pro

美味しい料理とビール・お酒をいただきました

そんな訳で、9日は早朝からのどが渇いて・・・早起きして市内散策へ

糸魚川比較.png

昭和51年の空中写真とグーグルマップを比較してみます

右手に糸魚川駅、中央に東洋活性白土の積替え所、左上が工場です

現在、北陸新幹線とひすいラインの交差辺りが積替え所跡付近

7月8・9日糸魚川_186

昭和43年8月12日当時は

糸魚川S43.8.12-6

糸魚川S43.8.12-5

糸魚川S43.8.12-4

国鉄と林に挟まれた部分に積替え所がありました

7月8・9日糸魚川_187

国道148号線の跨線橋、右手が北陸新幹線

7月8・9日糸魚川_188

ヤマダ電機を背にして撮影、この道路が軌道跡でしょう

7月8・9日糸魚川_189

軌道跡を遮るようにヤマダ電機が建っています

糸魚川S43.8.12-3

工場構内

7月8・9日糸魚川_190

突き当り附近と思います

糸魚川S43.8.12-9

国鉄のC1269

7月8・9日糸魚川_158

糸魚川小学校C12SLパークの保存機 C1288

糸魚川S43.8.12-10

大糸線のC56

高校一年生の夏休みから49年経っており、感慨深い早朝散歩でした

 

 

 

青海川を渡る

探索を続けます

7月8・9日糸魚川_085

青海川の橋の上で年配の方(橋上に写っている)にお話しを伺ったら、トロッコは川を渡っていたとのこと

7月8・9日糸魚川_087

左岸に土手からつながっていそうな地形があり

7月8・9日糸魚川_086

多分ここが廃線跡

国土地理院の空中写真で見ると写っていました 1947.10.31(昭和22年)

SN01207

1965.3.03(昭和40年)まだ残っているようです

SN01208

1974.08.09(昭和49年)ぼんやした映像ですが、トロッコ橋は消えています

SN01209

カラーは1976.09.19(昭和51年)

SN01210

青海駅、電化セメント専用線なども見比べてみてください

最後はグーグルマップです

SN01211

空中写真を簡単に見ることができ便利です