ぽつんと軽便 その44

静岡県の寸又峡温泉へ

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千頭森林鉄道 保存列車

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多分昭和37年、小学校4年生だった時にオリンパスペンEEで撮影

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森林鉄道などのことも分からずに写したのでこんな角度でも仕方が無いです

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デジタルでカラー化しています

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線路跡のトンネルが拡幅されており、以前は

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別のトンネルのようですが、線路上を歩いて夢の吊り橋へ向いました

歩いているのは祖父です

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手前が夢の吊り橋、奥が飛龍橋です

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この橋も森林鉄道用でした

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飛龍橋を渡り左手の線路に入ったところで

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モーターカーと出会いました

あれから半世紀以上が過ぎ、未だに鉄道趣味を続けています

 

 

 

秋の高山祭り

今日、明日は秋の高山祭り 八幡神社の例大祭です

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八幡神社の参道に並んだ屋台

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羨ましいほどの晴天です

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提灯が掲げられた大新町伝建地区

金森氏によって造られた町並み、400年前には正面に高山城の天守が望めました

追伸

KMCの開田高原さん、観光案内所で仕事の真っ最中でした

 

 

 

半世紀ぶりの鉄道模型 その1

納戸から出してきました

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半世紀ぶりに走らせたいので

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線路類はサビサビでしたが、車両は何とか形状を保っていました

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SLの集電シュー(コレクター)は中央線路から離れており集電できませんでしたので、1mm厚のプラ板を挟み込み、KATOのオイルを注油したら何とか走り出しました

ゼンマイ巻のチンチン電車、乾電池のこだま号、3線式Oゲージ、プラモデルのHO

その後は軽便鉄道模型まっしぐらです(Nゲージはほとんどありません)

 

 

古文書に格闘中

来年度の新高山市史が「屋台・民俗編」とのことで、高山祭の屋台「鳳凰臺」の歴史の見直しをしています

今までに出版された祭り屋台の記録書を比べると、年代などの記載に違いが見つかります

鉄道の歴史書に見られる「誤り」も同様、一旦出版された書籍にあった「誤り」がその後に

出版された書籍に引き継がれて広まってしまいます

そこで「古文書」から調べ直しをしています

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私は古文書解読の初心者ですので、拾い読みしかできませんが・・・

先輩の解読されたものを参考にして進めています

「卯」は天保2年、「辰」は天保3年となります 「辰正月晦日 新屋台斧始・・・」

何度も何度も眺めて、文字に慣れていくしかなさそうです

そんな分けで、模型作業は休業中です

 

 

 

廃線

今朝の岐阜新聞の記事です

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釧路の「太平洋石炭販売輸送臨港鉄道」と夕張市の「JR夕張支線」の運行終了が報じられていました

昭和46年に釧路を通りましたが目的は浜中町営軌道でしたので、臨港鉄道は訪れていません

夕張線は7月17日に

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真谷地炭鉱専用線

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国鉄夕張線の沼ノ沢駅

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そして夕張鉄道を撮影

この夏は天候不順と駆け足での撮影旅行でいずれも中途半端な出来でした

今日は新元号の発表日、昭和は遠くなりにけり

 

 

 

出掛けてきました その3

お土産のコーヒーを買って次の目的地へ向いました

その前に腹ごしらえ

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三ヶ日牛のビーフカレー ご馳走さまでした

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浜松市中央図書館へ

調べたものは中村與資平の設計図

浜松駅に戻る途中に

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中村與資平設計の旧遠州銀行本店

ちょっと寄り道してご挨拶

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浜松をあとにして名古屋へ戻ります

 

出掛けてきました その1

普段は自家用車ででかけるのですが、高速バスと新幹線を乗り継いで

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11時過ぎ浜松へ到着しました(高山7時30分発)

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最初の目的地は「浜松市博物館」

明治150年記念特別展「遠州報告隊」

今からちょうど150年前、江戸城無血開城への道筋がつけられようとしていました

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写真は浜松市博物館発行の冊子の年表より

 

センター試験 その5

センター試験 高山問題を続けます

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問3 農林水産物について

高山で有名なもの

「朝市」「野菜」=ほうれん草・トマト 「肉用牛」=飛騨牛 「飛騨鰤」

昔は富山湾で上がった寒鰤を塩漬けして、越中街道を通って飛騨へ、さらに江戸街道の野麦峠を越え松本へと運ばれて「飛騨鰤」と呼ばれたようです

越中街道の終点が上二之町 川上魚問屋がありました

現在は高山市内のスーパーで塩漬けされて「塩鰤」として年末に売られており、年取りに食べます

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半養殖の塩鰤 一切れ1700円也(天然鰤はもっと高いです)

問題3の解答は「域内」「標高1000mをこえる山脈の峠を越え」⇒「松本」で④となります

今では高山でも富山からの新鮮な魚が入手できますが、富山・金沢・能登へと海鮮を食べに出かけています

 

センター試験 その2

「上二之町南側の丁字路」の考察を続けます

高山市HPの絵図を引用します

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この絵図は幕府直轄になり、すでに高山城は取り壊されています

カラーの鳥瞰図ですので高山の城下町の形状が良くわかります

宮川と江名子川は外堀の役目をしています

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高山城下侍屋敷跡地割絵図 この絵図でもすでに侍屋敷は取り壊されていますが、問題となった丁字路の正面には侍屋敷が並んでおり、上二之町の通り(越中街道・ぶり街道)を南進して攻めてくれば、正面の屋敷から攻撃できたかもしれません

ネットで見つけた城下町の説明です

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高山城下は「総郭型」で

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「縦町型」と呼ぶそうです(上図は高山城下町)

織田系大名の金森氏が高山城下を作りました

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こちらは高山市教育委員会の講演会資料での説明です

金森氏の支配、幕府直轄の時代から約400年、何度かの大火もありましたが、高山の町並みは昔の面影を残し、伝統的建造物群保存地区となり、現在に至っています

「丁字路」からの話題でした

岐阜新聞のセンター地理の記事です

センター試験の検証はもう少し続きます