最初の軽便鉄道展

「日本一の軽便展」の初日は賑わったとの報告をいただきました

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藤枝市立郷土博物館で開催された最初の「軽便鉄道」展のポスターです

藤枝市政施行40周年記念展 1994年3月20日~6月26日(ポスターには年号が記載されていませんが、写真撮影の日付から)

このポスターに採用された写真

駿遠線03修正済

私の駿遠線の塗色はこの写真を基準にしています

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駿遠線が廃止(1970)された後、静岡鉄道から売り出された「閉塞器」を高校の鉄道仲間と買い取りました

この閉塞器は何度かの保管場所の変更のあと、静岡の実家の物置に保管していました

このプレハブ倉庫は祖母ちゃんからもらったお小遣いで静岡駅前の松坂屋から買ってきました当時はまだホームセンターはなく、デパートで扱っていました

一般家庭でこんな大きな、重たい閉塞器など保管すること自体がたいへんなことでした

そして1994年(廃止から24年後)の春、藤枝市立郷土博物館へ寄贈することになり

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ユニックで吊り上げて

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日通さんが郷土博物館へ運びました

その後整備されて稼働可能な状態で展示されています(むらちゃさん撮影)

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寄贈してからもう26年も経ってしまいました

月日の経つのは早いものです

高校生の身分でも、静鉄から買い取っておいて良かったです

 

 

 

粛会

「粛会」と書いて「しゅくえ」と読みます

令和元年12月に山王小学校6年生の総合学習において「高山の伝統文化と高山祭」の話しをさせていただきました。鳳凰臺組の昭和の記録帳の「昭和18年・19年・20年」には何も書かれていません。子ども達に記録帳を見せて「なぜなにも書いてないの?」と質問すると、子ども達は「戦争でお祭りができなかった」と答えてくれました。            平和の大切さを学んでもらいました。
令和2年の春「新型コロナウイルス拡大」と言う初めての出来事に遭遇しています。

鳳凰臺組の歴史を紐解くと、天保3年11月2日夜発生した「福嶋屋の大火」にて古屋台と製作中の鳳凰臺を焼失しました。
翌年の春の山王祭には臺銘旗「粛会」(しゅくえ)を作り出仕しました。
「粛会」とは「厳かに神々と出会う・うやうやしく神々と集う」と言う意味です。
当時、家も焼け、困難な生活の中で鳳凰臺組の方々は知恵と力を出して乗り切ってきました。
祭りは地域住民の絆を強くする大切な役目を担っていると思います。

 

令和2年の山王祭りは例年のような楽しい祭りは出来ませんでしたが、屋台蔵の扉の前に「粛会」の臺銘旗を掲げ、新型コロナウイルスの終息と皆様のご健康、世の中の安泰を祈りました
この祈る気持ちが祭りの原点かもしれません

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静鉄 1000系

ツイッターで静岡鉄道1000系がラストランしたことを知りました

1000系は昭和48年から導入され、東静岡駅から長沼への搬入を追いかけました

写真を探しましたが、どこへ仕舞ったのか?

静鉄さんからいただいたパンフレットは手元にあります

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川井社長のご挨拶

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別のパンフレットには車両諸元表

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当時、1000系の模型(1/80)を作ろうとして

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トレーシングペーパーに作図をして、プラ板を切り抜き、コルゲートはアルミホイル・・・

あれから40数年未完成のまま

まだタミヤのプラ板も満足に揃わず

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カードケースも利用しようとしていました

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一緒に東急8000系のパンフレットも保存してありました

 

ぽつんと軽便 その44

静岡県の寸又峡温泉へ

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千頭森林鉄道 保存列車

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多分昭和37年、小学校4年生だった時にオリンパスペンEEで撮影

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森林鉄道などのことも分からずに写したのでこんな角度でも仕方が無いです

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デジタルでカラー化しています

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線路跡のトンネルが拡幅されており、以前は

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別のトンネルのようですが、線路上を歩いて夢の吊り橋へ向いました

歩いているのは祖父です

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手前が夢の吊り橋、奥が飛龍橋です

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この橋も森林鉄道用でした

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飛龍橋を渡り左手の線路に入ったところで

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モーターカーと出会いました

あれから半世紀以上が過ぎ、未だに鉄道趣味を続けています

 

 

 

秋の高山祭り

今日、明日は秋の高山祭り 八幡神社の例大祭です

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八幡神社の参道に並んだ屋台

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羨ましいほどの晴天です

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提灯が掲げられた大新町伝建地区

金森氏によって造られた町並み、400年前には正面に高山城の天守が望めました

追伸

KMCの開田高原さん、観光案内所で仕事の真っ最中でした

 

 

 

半世紀ぶりの鉄道模型 その1

納戸から出してきました

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半世紀ぶりに走らせたいので

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線路類はサビサビでしたが、車両は何とか形状を保っていました

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SLの集電シュー(コレクター)は中央線路から離れており集電できませんでしたので、1mm厚のプラ板を挟み込み、KATOのオイルを注油したら何とか走り出しました

ゼンマイ巻のチンチン電車、乾電池のこだま号、3線式Oゲージ、プラモデルのHO

その後は軽便鉄道模型まっしぐらです(Nゲージはほとんどありません)

 

 

古文書に格闘中

来年度の新高山市史が「屋台・民俗編」とのことで、高山祭の屋台「鳳凰臺」の歴史の見直しをしています

今までに出版された祭り屋台の記録書を比べると、年代などの記載に違いが見つかります

鉄道の歴史書に見られる「誤り」も同様、一旦出版された書籍にあった「誤り」がその後に

出版された書籍に引き継がれて広まってしまいます

そこで「古文書」から調べ直しをしています

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私は古文書解読の初心者ですので、拾い読みしかできませんが・・・

先輩の解読されたものを参考にして進めています

「卯」は天保2年、「辰」は天保3年となります 「辰正月晦日 新屋台斧始・・・」

何度も何度も眺めて、文字に慣れていくしかなさそうです

そんな分けで、模型作業は休業中です

 

 

 

廃線

今朝の岐阜新聞の記事です

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釧路の「太平洋石炭販売輸送臨港鉄道」と夕張市の「JR夕張支線」の運行終了が報じられていました

昭和46年に釧路を通りましたが目的は浜中町営軌道でしたので、臨港鉄道は訪れていません

夕張線は7月17日に

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真谷地炭鉱専用線

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国鉄夕張線の沼ノ沢駅

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そして夕張鉄道を撮影

この夏は天候不順と駆け足での撮影旅行でいずれも中途半端な出来でした

今日は新元号の発表日、昭和は遠くなりにけり

 

 

 

出掛けてきました その3

お土産のコーヒーを買って次の目的地へ向いました

その前に腹ごしらえ

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三ヶ日牛のビーフカレー ご馳走さまでした

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浜松市中央図書館へ

調べたものは中村與資平の設計図

浜松駅に戻る途中に

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中村與資平設計の旧遠州銀行本店

ちょっと寄り道してご挨拶

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浜松をあとにして名古屋へ戻ります