除雪

高山市街地では雪は降ったり、止んだりが続いています

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朝食後15分ほどかけて除雪をしています

日中の気温はマイナスのまま寒いです

 

 

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センター試験 その7

問題6は

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乗鞍岳の植生についての問題です

樹木の写真が見にくいのですが・・・SN01413

写真Aはハイマツ帯⇒高山帯

写真Bは落葉広葉樹林⇒山地帯

写真Cは針葉樹林⇒亜高山帯

よって正解はA・C・Bの②となります

乗鞍岳も活火山です

40年以上前に草津国際スキー場に行き、沢を振り子状に滑降しました

草津白根山の噴火で死傷された方にお見舞いを申し上げます

火山の恵みによって暮らしている日本 自然の驚異にはかないません

 

 

センター試験 その6

問題5です (問題4はコチラ)

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①交通条件の改善は旅行者数の維持を保証するものではない

交通条件が良くなっても、おもてなしなどの観光地の魅力を高めなければ観光客の増加はのぞめません 高山市、高山市民は頑張っています!

この問題は「地理問題」と言うよりも「経済問題」と言えるかもしれません 一応〇

 

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②県内市町村の中でも相対的に宿泊をともなわない通過型の観光地としての性格が強い

「県内市町村の中でも」と書かれているが、比較する資料、数値の記載がなく判断ができない

③2015年の高山市の宿泊客数の約2割を外国人観光客が占めている

26.8万人÷130万人≒20% 〇

④ヨーロッパやオセアニアの割合が高い

高山市(25.1%+6.6%)>全国(6.3%+2.2%) 〇

適当でないものは「判断できない問題」なので②となります

センター試験 その5

センター試験 高山問題を続けます

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問3 農林水産物について

高山で有名なもの

「朝市」「野菜」=ほうれん草・トマト 「肉用牛」=飛騨牛 「飛騨鰤」

昔は富山湾で上がった寒鰤を塩漬けして、越中街道を通って飛騨へ、さらに江戸街道の野麦峠を越え松本へと運ばれて「飛騨鰤」と呼ばれたようです

越中街道の終点が上二之町 川上魚問屋がありました

現在は高山市内のスーパーで塩漬けされて「塩鰤」として年末に売られており、年取りに食べます

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半養殖の塩鰤 一切れ1700円也(天然鰤はもっと高いです)

問題3の解答は「域内」「標高1000mをこえる山脈の峠を越え」⇒「松本」で④となります

今では高山でも富山からの新鮮な魚が入手できますが、富山・金沢・能登へと海鮮を食べに出かけています

 

牡蠣を食べに

19日、天気も良く、北陸の雪も一段落したようなので、能登へ牡蠣を食べに行くことにしました

東海北陸道、能越道で

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石川県と富山県境

前回は夏でしたので「岩牡蠣」でしたが

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七尾市中島町で看板を見つけた店に飛び込みで

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本当は予約が必要とのことでしたが、先客は1組でしたので入店できました

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メニューは「かきのフルコース」のみ

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牡蠣の炭火焼き(一人前10~12個だったか?)

焼けるのを待っている間に

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酢牡蠣(茹でてあります)

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プルプルに牡蠣が焼けて

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熱々の牡蠣フライに

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牡蠣めしに牡蠣の吸い物

満腹に、ご馳走さまでした

帰りは高速有料区間は使わずに富山経由でゆっくりと

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定食屋でまたもやたっぷりと食べて、帰宅しました

昨年末から氷見(寒ブリ)魚津(バイめし)、金沢(ホワイトギョウザ)そして七尾(牡蠣)と食べ歩きが続きました

 

 

 

 

センター試験 その4

第2問です

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高山市は標高500m~3000mに位置しています

①旧高山市の人口密度は周囲より高位、周辺の旧町村が中位となっており、旧高山市への通勤圏です

よって①は〇

②旧高山市の東の旧高根村、西の旧荘川村の老年人口割合が高位。

よって②も〇

③中心部の平均世帯人員数が低位にあると言うことは、核家族世帯や単身世帯の割合が高いことであり③は×

中心市街地は高齢化と空き家が増えて祭りの担い手不足になっています

伝建地区の建物は、約130年~200年も経っており、実生活では不便な面もあり、観光客相手の店舗になったりで夜間人口は特に少ないです(中心市街地の人口密度は実際には低位)

と言いつつも、このブログは「130年前に建てられた一室をリフォームした快適な環境」で書いています

先日、光回線になり通信環境も整いました

④縁辺部も同様に平均世帯人員数が低位になり、「若年層の流出や高齢者の死亡にともなう世帯人員の減少」これは〇ですが、特に若者の働き場所が無いために若年層の流出が目立ちます

②と④から判るように、縁辺部は限界集落に近づいています

問題2の解答は「×の③」となります

 

 

 

センター試験 その3

センター試験の話題を続けます

問題用紙は「Toshin.com」の画像を加工しました

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白地図でみると、高山市の面積が広いことがわかります

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冬期の日照時間を比較すると 多い順に 太平洋側の「浜松ア」中央高地の「高山ウ」日本海側の「富山イ」だと思います

これで解答は⑥と選択できますが・・・気温の年較差も考えてみると

寒暖差の激しいのは「中央高地の高山ウ」温暖な地域は「太平洋側の浜松ア」残りは「富山イ」

理科年表など覚えずに、一般常識からの解答で正解しました

 

 

 

 

 

 

 

センター試験 その2

「上二之町南側の丁字路」の考察を続けます

高山市HPの絵図を引用します

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この絵図は幕府直轄になり、すでに高山城は取り壊されています

カラーの鳥瞰図ですので高山の城下町の形状が良くわかります

宮川と江名子川は外堀の役目をしています

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高山城下侍屋敷跡地割絵図 この絵図でもすでに侍屋敷は取り壊されていますが、問題となった丁字路の正面には侍屋敷が並んでおり、上二之町の通り(越中街道・ぶり街道)を南進して攻めてくれば、正面の屋敷から攻撃できたかもしれません

ネットで見つけた城下町の説明です

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高山城下は「総郭型」で

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「縦町型」と呼ぶそうです(上図は高山城下町)

織田系大名の金森氏が高山城下を作りました

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こちらは高山市教育委員会の講演会資料での説明です

金森氏の支配、幕府直轄の時代から約400年、何度かの大火もありましたが、高山の町並みは昔の面影を残し、伝統的建造物群保存地区となり、現在に至っています

「丁字路」からの話題でした

岐阜新聞のセンター地理の記事です

センター試験の検証はもう少し続きます

 

 

 

 

 

 

どんど焼き

丁字路を撮影後、日枝神社の「どんど焼き」へ出かけました

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ありがたいことに積雪は少なく

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中国人観光客も100名ほどが参拝と言うよりも観光に立ち寄りました

一人でお守りを5000円ほど買われた方もあり有難かったです

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昼飯は毎度の「うどん1.5玉+焼き餅」

午後は神明神社の正月祭に参拝しました

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晴天で白山も遠望できました

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だれが作ったのか可愛い雪だるま

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最後は直会兼新年会で平成30年の新年行事も無事に終わりました

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少し飲み過ぎて帰宅、「西郷どん」を見る元気もなく大いびきでした

 

センター試験 その1

昨日(14日)朝一番で朝刊を見て・・・・

私「文字が細か過ぎて読めない!」

家内「昨年も同じことを言った!」

毎年の繰り返し・・・新聞にセンター試験の問題と解答が発表されています

なんと地理Bの問題に「高山市についての設問」がありました

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①上二之町から南へ向かう通りでは、・・・・丁字路(ていじろ)がつくられている

地図の見方を問う問題と思います

「南へ向かう」=「地図の下方向へ伸びている」

日本古来の「丁字路」=現代風「T字路」

自宅から200mほどの場所ですので、さっそく写真を撮影してきました

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現在正面は「高山市制記念館」になっています

丁字路を右に曲がり、中橋を越えると陣屋前にでます

左に曲がると

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正面に城山が望め、交差点を渡り左カーブの道が城坂です

高山城下町絵図」を見てみましょう

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(4)高山町絵図に赤〇印を付けてみました

この地図では右手が南方向になります

宮川に沿って商人町の4本の道が集まる要の場所です(「辻」と呼んでいます)

はたして「戦時の敵の移動を遅らせるため」でしょうか?

追って検証をしたいと思います

(絵図は高山市HPの画像から必要箇所を添付しました)