根松駅周辺の面影

3月2日、焼津市へ行く途中に立ち寄ったのは牧之原市細江、駿遠線「根松駅跡」です

SN01039.png

赤丸部分が根松駅、昭和34年頃その近くに住んでいました

この辺りの土地は「砂丘」で形成されています(新潟市も同じです)

土地の高い(と言っても標高約3m)部分が集落となり、低い部分が田んぼでした

川は⇒の方向に流れ、坂口谷川(写真右手側)に注いでいます

雨が降ると小川が増水して、駿遠線も運休しました

sn01040

この低地部分に国道150号が開通して、街が変わりました

根松駅付近は元の軌道敷きが河川に改修されています

sn01041

今回「伝丸」でら~めんを食べました

wp_20170302_12_35_17_pro

伝丸の駐車場と住宅の境には石垣が残っています

%ef%bc%93%e6%9c%88%ef%bc%92%e3%83%bb%ef%bc%93%e6%97%a5%e6%a6%9b%e5%8e%9f%e3%80%80%e7%84%bc%e6%b4%a5%e3%80%80%e6%b5%9c%e6%9d%be_002

この石垣は「砂丘と田んぼ」の境の痕跡です

左手ベイシア電器の裏側を見ると

%ef%bc%93%e6%9c%88%ef%bc%92%e3%83%bb%ef%bc%93%e6%97%a5%e6%a6%9b%e5%8e%9f%e3%80%80%e7%84%bc%e6%b4%a5%e3%80%80%e6%b5%9c%e6%9d%be_005

防災無線のコン柱辺りが私の遊び場でした(田んぼにハマり泥だらけ)

%ef%bc%93%e6%9c%88%ef%bc%92%e3%83%bb%ef%bc%93%e6%97%a5%e6%a6%9b%e5%8e%9f%e3%80%80%e7%84%bc%e6%b4%a5%e3%80%80%e6%b5%9c%e6%9d%be_013

元根松駅の駅舎附近から見た、「蕎麦屋」建物はそのままです

当時「肉のくぼた」はありませんでしたが、その右手

%ef%bc%93%e6%9c%88%ef%bc%92%e3%83%bb%ef%bc%93%e6%97%a5%e6%a6%9b%e5%8e%9f%e3%80%80%e7%84%bc%e6%b4%a5%e3%80%80%e6%b5%9c%e6%9d%be_018

大藤屋(菓子屋)は昭和37年頃、新築されたと記憶しています

いろいろと記憶をたどり、イメージを膨らめています

 

 

 

根松駅周辺の面影」への4件のフィードバック

  1. 茶熊 2020年1月29日 / 10:32 AM

    昭和40年代の記憶になりますが、根松駅の真向かいに和菓子屋が踏切から2軒並んでいて、
    田沼街道寄りの2軒目の店が記憶に残っています。
    こんな感じの構えでした

    幼稚園に上がる前の微かな記憶なので、かなりテキトーです。

    この店で出していた「焼きそば」が大好きでした。
    見た目は静岡市北街道「松竹」さんの焼きそばに似ていて、
    今時では不健康と言われそうな「ラード」を使った香ばしさ。
    食べる時にウスターソースを回し掛けるスタイルは、駿遠線つながりで小笠近辺の焼きそばと同じ手法・・・ですが小笠焼きそばが鶏肉なのに対し具材は豚肉という違いもあります。
    紅白の手作り餅菓子「おさんこち」と「稲荷寿司」は、やはり不健康風味で甘味が強い仕上げ。
    夏の「かき氷」は氷屋が鋸で切り分けたブロック氷を手回しで削るフワフワ氷にタップリなシロップ掛け・・
    立ち寄るのは根松駅で下車した時のお決まりコースでした。
    (その頃、和犬の「狆」が優雅な看板犬をしていて会う楽しみも追加)
    この店の印象が強すぎて、他の店の記憶は残っておらず残念です。

    いいね

  2. くるまや軽便鉄道 2020年1月29日 / 5:55 PM

    茶熊さま
    コメントをありがとうございます。駅前の商店は踏切側が「松下商店」その左隣りは「モダン屋」でした。模型では店内も作りました。https://kurumayakeiben.wordpress.com/2017/12/30/もだん屋/ 次のブログで紹介させていただきます。

    いいね

    • 茶熊 2020年1月29日 / 10:00 PM

      くるまや軽便鉄道さま
      返信ありがとうございます。
      記憶していない「屋号」を知ることが出来るとは・・・嬉しい驚きです!
      その上両方の商店の模型まで!!! (紹介ページに気付かず失礼しました)

      親と私が行っていたのは、模型の店内配置を拝見する限りモダン屋さんの方で間違いないですね。
      隣の松下商店さんは食堂営業を辞め、ガラスケースに和菓子を並べ販売する持ち帰り専門業態になっていました。
      モダン屋さんの方には駄菓子売りの棚が2つ・・・奥に背の高い棚を置き駄菓子を吊り下げ、
      店奥に通じる廊下の目隠し役を兼用、
      手前側に背の低い棚を置き、駄菓子を平置きで並べてありました。
      駄菓子を買ってくれない親だったので眺めているだけの自分でしたが、
      パラソルチョコ・8の字の台紙にマーブルチョコみたいなのを張り付けたモノ・新発売のペロティチョコなどは憧れの品。
      明るくて恰幅の良い肝っ玉母ちゃんみたいな奥さまと、細身で小柄な優しいご主人。
      大人しい印象のご主人ですが、飲食形態を始める以前はココで個人タクシーをやっていたと教えてくれましたね。
      焼津の大崩海岸に磯浜トンネルと石部トンネルがあり、自動車道路になっていた時代に静岡市まで運んだ話もあったので、
      磯浜トンネルが閉鎖された昭和34年よりも前に廃業(タクシー業は戦後すぐの20年代?)
      忘れかけていた当時の記憶が鮮明に蘇った気がします。
      ありがとうございました。

      いいね

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中